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小澤征爾音楽塾のあゆみ

小澤征爾音楽塾とは

ローム株式会社の佐藤研一郎社長(当時)と指揮者 小澤征爾が、オペラを通じて若い音楽家を育成することを目的に、2000年に立ち上げた教育プロジェクトです。恩師カラヤンの教えである「交響曲とオペラは車の両輪のようなもの」を持論とする小澤が、「教えること」に生涯を捧げたもう一人の恩師 斎藤秀雄のスピリットを受け継ぎ、若い音楽家たちとともに学ぶ場として開催しています。
毎年、国内外でのオーディションで選ばれたアジア諸国(日本、中国、台湾、韓国等)の若い音楽家たちでオーケストラを結成します(※)。小澤やサイトウ・キネン・オーケストラメンバーをはじめとする世界的な演奏家らが講師となり、世界の歌劇場で活躍するオペラ歌手や演出家と共に高水準のオペラ「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」を創り上げます。本プロジェクトはこれまでに17回開催され、モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」をはじめ11のオペラ作品などを上演し、オーケストラ・プロジェクトも2回開催しています。

※2022年の塾オーケストラメンバーはコロナウィルスの影響により国内参加者のみ。

小澤征爾音楽塾とは

小澤征爾音楽塾とは

小澤征爾音楽塾
オペラ・プロジェクト
について

小澤征爾音楽塾が始まるまで

小澤征爾の世界での経験を若い音楽家たちに教えたいという熱い思いが、2000年小澤征爾音楽塾として結実するまでには、どのような経緯があったのか。アーティスティックディレクターのデイヴィッド・ニースによれば、その始まりはタングルウッド・ミュージック・センター(TMC)にある、と言います。ボストン交響楽団(BSO)がレジデンス・オーケストラを務めるタングルウッド音楽祭、その中での教育プログラムがタングルウッド・ミュージック・センターです。1980年のタングルウッド音楽祭で、小澤征爾指揮「トスカ」の演出をニースが務めたことが二人の出会いで、以来、数々の公演を共に創り上げてきたニースは「当時からセイジが、いかに日々勉強をしているかに驚かされた」と言います。そして「セイジが、いかにタングルウッド・ミュージック・センター、つまり『若い音楽家を教えること』に、のめり込んでいったか」ということを感じていたそうです。 1990年代後半に、小澤征爾が日本で若い音楽家たちとオペラを題材に教育プログラムを立ち上げるというアイディアを聞いた時に、ニースはとても自然な流れだと理解した、と言います。当時の公式プログラムでの小澤征爾自身の言葉が、それを端的に物語っています。
「今日の日本、そしてアジアの若い音楽家の水準向上は、私にとって嬉しい驚きです。この素晴らしい若い音楽家達に、私の今まで生きてきた音楽経験をぶつけようと思います。これが、私の考えた“小澤征爾音楽塾”の第一歩です。(中略)何故、オペラなのか。それは、音楽を勉強する上で、私はシンフォニーとオペラは車の両輪だと考えており、このことを実践することで、私も若い音楽家と共に学びたいと思っているからです。」 (2000年小澤征爾音楽塾「フィガロの結婚」公式プログラムより)

  • 小澤征爾音楽塾が始まるまで

    タングルウッド音楽祭 セイジ・オザワ ホール

  • 小澤征爾音楽塾が始まるまで

    同音楽祭 シェッドでの演奏会

タングルウッド・ミュージック・センターでのオペラ公演は、若いオーケストラ、そして若い歌手たちによるものでした。小澤征爾音楽塾は、若い音楽家たちに、一流のオペラ歌手、そしてサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーを中心とした先生(オーケストラ各パートの講師陣)という要素を加えたことが肝となります。プロのオペラ歌手によるニュアンスに富んだ情感あふれる歌声を聴きながら、指揮に合わせて演奏し、物語を作っていくこと、それは若い音楽家にとって何ものにも代え難い経験になります。シンフォニーを勉強できるアカデミーはありますが、オペラを勉強できる場、しかも一流の歌手の声を聴いてそれに合わせて演奏するという実践の場は、ほとんどないと言っても過言ではありません。
そして、オーケストラ各パートに世界トップレベルの先生がいること、そのようなシステムは世界中を探しても他にありません。しかも、その先生が小澤征爾の音楽作りを理解している音楽家たち、となるとなおさらです。再び、ニースの表現を借りると「12人の先生がいれば、それぞれ少なくとも20年以上の音楽家としての経験があるので、塾生は全体では250年のプロの音楽家の経験を享受することができる。塾生は先生から、テクニックだけではなく、ニュアンスや音楽のスタイルを学ぶことができる。」
こうして小澤征爾音楽塾はモーツァルト作曲「フィガロの結婚」で幕を開けました。

  • 小澤征爾音楽塾が始まるまで

    2000年「フィガロの結婚」

  • 小澤征爾音楽塾が始まるまで

    2000年「フィガロの結婚」

  • 小澤征爾音楽塾が始まるまで

    2000年「フィガロの結婚」

アジアへの広がり

音楽塾は、2005年「セビリャの理髪師」で、初めての中国公演を行います。中国での音楽教育活動は小澤征爾にとって長年の夢でもありました。この公演では、オーディションで選ばれた中国人オーケストラメンバーが多数参加し、合唱団は全員を中国で集めました。これを機に、アジアでのオーケストラオーディションが定着し、今では北京、上海、台北、ソウルなどから、多くの若い音楽家たちが参加しています(※)。 舞台制作の面でも「セビリャの理髪師」はチャレンジングな公演でした。それまでの公演は、プロダクション(舞台装置と衣裳)をレンタルして公演を行っていましたが「セビリャの理髪師」は新制作で、しかも公演日程の関係から、中国と日本、それぞれで同じデザインの舞台装置を製作し、衣裳は航空便で運んで公演を行いました。
※2022年の塾オーケストラメンバーはコロナウィルスの影響により国内参加者のみ。

  • アジアへの広がり

    2005年「セビリャの理髪師」

  • アジアへの広がり

歌手たちへの教育

若い音楽家(器楽奏者)への教育は設立当初からの揺らがない目的であり続けていますが、近年は若い歌手のためにカヴァーキャスト(ソリストが、体調不良などで万が一本番を歌えない場合の代役)のオーディションも開催し、歌手の育成でも、着実に成果をあげつつあります。オーディションを勝ち抜き、カヴァーキャストとして経験を積んだ若き歌手たちが、音楽塾公演のソリストとして出演するケースも出てきています。
さらには、何年か続けて合唱として参加していたメンバーの中から、カヴァーキャストのオーディションを受けて合格する人も出てくるようになってきました。制作拠点を2016年からロームシアター京都としていることもあり、東京近郊だけではなく関西や中部地区から参加する歌手も増えています。さらに、歌手のオーディションは日本国内のみで行っているものの、近年は海外からの応募がくることも珍しくありません。

学びの場としての塾

音楽塾では何度か取り上げられている作品があります。「フィガロの結婚」「カルメン」そして「こうもり」は最多で2022年で4回目の公演となります。「こうもり」は、いつの時代も人気の定番作品であり、若い音楽家たちにとってオペラを勉強するにはもってこいの作品でもあります。何度も上演している作品でも、その度に新しい学びがあります。小澤征爾塾長自らが、毎回初めてその作品に接するようにディテールまで勉強している、というエピソードがあります。再び、ニース曰く「ある日、セイジが『前回はこうやったんだけど、なんでそうしたのか全然わからない。意味が通らない。今回はやめよう』と言ってきました。そして数時間後『いや、なんで前回ああやったか、わかったよ』『それで結局どっちにする?』と聞くと『多分新しいやり方のほうがいいかな、でも結局戻すかもしれないけど』」。
ディテールへのこだわり、そして常に前例にとらわれず新たに学ぶ姿勢であること、そしてその積み重ねが最終的に大きな成果を生み出します。
指揮者を始めとして、オーケストラ、先生、演出家、ソリストや合唱、全員が共に学ぶ姿勢で、小澤征爾が求めるレベルの音楽作りに真摯に取り組むこと、そしてそれができる環境を全面的に支えてくれるローム株式会社とローム ミュージック ファンデーションの存在、それら全てが、小澤征爾音楽塾を単なる教育プロジェクトという枠組みにとどまらず、毎回質の高い公演を作り出す特別な場であり世界でも類を見ないオペラ・プロジェクトにしています。

  • 小澤征爾音楽塾が始まるまで

    2019年「カルメン」リハーサルより

  • 学びの場としての塾
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