時が来てしまった!(内匠慧さん)
内匠 慧さん/Mr. Kei Takumi
(専攻楽器ピアノ/piano)
[ 2017.07.18 ]
学校名:英国王立音楽院修士課程
ローム ミュージック ファンデーション奨学生の内匠 慧です。
卒業式を迎える時期に頭をよぎるのは、後悔なのか、達成感なのか、不安なのか。
人それぞれではありますが、音楽大学を卒業する学生にとって、とりわけネガティブな色合いの強まる時期であるかも知れません。
というのも、卒業式が「音楽を演奏する生活からの卒業」である場合も少なくありませんし、「生計にとらわれず自由に演奏活動のできる時間の終わり」であることは間違いないからです。
私の大学では、卒業試験のことを ”Final Recital” と呼びます。
入学式のようなものはありませんでしたが、イギリスの大学において、毎年の卒業式は、大学をあげた最重要イベントと言えます。何時間にもわたる厳粛な式に、多くの留学生の両親が、これを参観するためだけに遠方から駆けつけます。
私にとっても、2年前の夏に学部を出た時とは違い、今年の夏は学生でなくなるという、本当の意味での卒業を控える状況で、もうそれは前から不安しかありませんでした。
卒業後のキャリアのために、やれることをやろうと考えていた中、一定の集大成を披露する場として、2月に東京で、再度スクリャービンソナタ全曲を演奏する機会をいただけました。
時期を同じくして、別の場所から録音のオファーをいただき、自分を宣伝していくために今後CDが必須になる、と思っていた私は、迷わず飛びつきました。
録音することになったレパートリーは、よりによって、リゲティのエチュード全曲。
この、私が知っている中で最も演奏至難と思われる作品集を選んだ(選んでしまった)理由は2つあります。
今後、作曲の委嘱のような企画を含めてコンサートを行っていきたい、と考える中で、まずこのような作品をトップクオリティーで弾けるという「証拠」を作っておく必要を感じていたこと。
そして何よりも、CDを作る以上は、他に無いものを作るか、最も良いものを作らなければ意味がないと感じていたことです。
そういった点からリゲティのエチュード集の既存の録音を聴き比べると、(以下はあくまで私個人の意見です!)2000年前後を代表する名曲であるにも関わらず、技術的に正しく弾けている録音自体が極めて少なく、一方で技術的に優れた録音は「専門家の演奏」という感じで、ややクラシック音楽的な感覚から離れた解釈であるように思われました。
そこで、私と同じような好みを持った人にとっての最上の録音を作るにはこの曲集が最適、と思い至ったわけです。
言い方を換えれば、「自分が審査委員長なので自分を優勝者に選ぶ」というような「セコい」発想なのであります!
4月末、イタリアのヴァレーゼ近郊で、2日間の収録に臨みました。終わった次の日に猛烈な吐き気に襲われ、去年の秋から止まらなかった咳と吐き気が、2日間だけスッパリと止まっていたのだということに気がつきました。
CDは果たして当初目指していたようなものになるのでしょうか。
私は学生という肩書きを失った後、「プロ」としてやっていけるのでしょうか。
生まれながらに先延ばしの「プロ」である私が、ついに病院に行く予定を先延ばしにするのをやめ、風邪を治すのはいつになるのでしょうか。
あまりにもわからないことが多すぎますが、学生を終える時が来てしまった今は、色々なことが上手くいくのを信じて前を向くしかないです。
最後になりましたが、貴ロームミュージックファンデーションの2年間にわたる手厚いご支援に、心より感謝申し上げます。