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コロナ禍に咲く(菅沼起一さん)5/27

菅沼 起一さん/Mr.Kiichi Suganuma
(専攻楽器音楽学/musicology)

[ 2021.08.31 ]

学校名:バーゼル・スコラ・カントルム

ローム ミュージック ファンデーション奨学生の菅沼起一です。
二年に渡る奨学生としての留学生活は、ゆうに四分の三が新型コロナウイルスのパンデミックと重なることとなり、生活・勉学にかかる多くの制限に悩まされ、先行きの見えない状況で音楽とその研究を続けることの難しさを感じる日々となりました。

 

<アルプスにて>

 

奨学生一年目の春ゼメスター、ちょうど次年度の更新のために日本に一時帰国していた頃、欧州でも驚くようなスピードで感染が広がっていったことがもう遥か昔のように思えます。

スイスに戻った途端、音楽院は閉校となり、急ピッチで進むオンラインでの授業・レッスンの準備。

多くの日本人学生が帰国していく中、一人残ってアパートに引きこもりひたすらパソコン画面に向き合う日々。

それでも夏に向けて少しずつ日常が戻ってゆき、学期末に少しだけアルプスの方へ足を伸ばしたのが去年の夏のことでした。

これで次の年度はまた「いつも通りに」始められる。

みんながそう期待してスタートした去年9月からの今年度は急転直下、秋口に再発した感染の拡大で事態はすぐに元の木阿弥になりました。

それからというもの、週ごとに変わる国内での行動制限、各国の状況により少しずつ変化する移動制限。

音楽に関係するところでは、演奏会は無観客ならOKか、合唱・オケはNGか、どの演奏会が延期でどの演奏会がキャンセルか、レッスン、マスタークラス、コンクールはオンラインか、録画か、ライブか、学会・カンファレンスはオンラインかライブか、図書館・アーカイヴは利用可か不可か、など、誰しもがこの状況に悩まされ、未だに難しい時間を過ごしています。

 

<記譜方の授業>

 
そんな中、私は今年の四月に所属校で記譜法の授業を二週間に渡り担当する機会に恵まれました。

人数制限のためクラスの半分は教室で、もう半分はオンラインで参加というハイブリッド形式で、機械のセッティングや両方の生徒たちに気を配りながらの授業進行など、難しいことがとても多いものでした。

しかし、コロナ以前と変わらず熱心に数百年前の楽譜の読み方を学び、実際に楽譜を歌うことをトライする学生たちの姿からは教える立場でありながら逆に教えられることが多く、非常に印象的でした。

まず、大変な状況でも出来るだけ「いつも通り」の生活をキープすることの大切さ。

学生として決められた授業に出て、今やるべき勉学に集中する、このことがコロナ禍においていかに難しく、またそれを遂行することがいかに尊いことか、自分が教える立場になって逆に思い知らされました。

また、時代の離れた過去の音楽が書かれた楽譜を読もうとかぶりつきになって歌う生徒たち、そして書かれた音楽がどのようなものであったかを実際に歌うことで体験した時の彼らの満たされた表情を見て、人々の命と健康が脅かされる大変な状況でも、音楽を愛しそれを生活の一部としようとする人がいる限り、音楽は人生にとって絶対に必要なものだと強く感じました。

パンデミックの中、勉学・研究を続けていく難しさを感じてばかりの二年間でしたが、最後のゼメスターでこのような経験が出来たことは一生の糧になると確信しています。

私の留学生活はまだ数年続く予定です。

コロナウイルスによる生活の制限も同じように続いていくでしょう。

それでも続けていく、一つ一つ積み上げていくことが何よりも大事なことだと今は考えています。

研究者・教育者として、その音楽の素晴らしさを誰かに伝えることが出来たときの、その人が浮かべるあの表情をまた見ることを夢見て……。