甲斐 栄次郎 Eijiro Kai (バリトン/ジェルモン)

<出演にあたってのコメント>
《受け継がれるオペラの命》
十数年にわたる海外での研鑽と歌手活動のなかで、いくつもの印象的な瞬間があった。ウィーンでの10年間は、劇場所属のソリスト歌手としてウィーン国立歌劇場の歴史の一コマに関わらせていただくことができた。10年目の年に、ウィーンの街をモノクロフィルムで切り取った写真50枚で綴った写真集を出版した。そのなかの一枚、劇場を美術館前のテラスから撮影した写真に添えた言葉がある。

オペラ座の建物を見た時
大きな船のようだなと思った

過去から受け継がれてきた
数々のすばらしいオペラ作品

僕は船員のひとりとして歌う
進路は未来だ

ウィーンの1区にある美術館“アルベルティーナ”は、以前の市壁だった一段高い場所に建つ。美術館の前にあるテラスからは、ウィーン国立歌劇場が面する通り(Operngasse)を見下ろす形になり、ここから眺める劇場の建物は、まるで、埠頭から見る大型船のようでもある。
それは視覚的な印象からだったのだが、劇場の一員として歌い始めて、それはまさに言葉通りだと思った。1シーズンで300回もの公演が維持されている劇場は、多くの人々の情熱に支えられ、長年にわたり、数々の名オペラ作品を上演し続けてきた。時を超え、オペラを未来へと運ぶ大きな船のように見えたのだ。
百数十年、数百年の歴史の中で、疫病や戦争を乗り越え、人々が舞台芸術としてのオペラを受け継いできたことは紛れもない事実である。そして、今まさに百年に一度のような困難な状況に世界中の人々が直面している。オペラ歌手としての自分にいったい何ができるのであろうか。 どんな時であっても、人々と力を合わせ、未来への希望と勇気、そして忍耐と努力で荒波を乗り越えていけると信じている。ここでオペラの命を絶やすことなく、次世代へと受け渡すことこそ、自身の使命であると改めて強く感じている。