電源仕様の決定

2014.07.30

この記事のポイント

・電源の場合は設計開始時点で仕様が完全に決まっていないことが多々ある。

・設計開始に必要な情報を可能な限り集めて、変更がある前提で許容幅と柔軟性をもって設計に入る。

・現実的な電源設計においては、電源ICが担う部分が大きく、使うICによって回路や部品が決まる。

設計手順」の項で説明した通り、設計を始めるためには、電源としてどのような性能と特性を備えていなければならないかという、電源の仕様が決定されていなければなりません。

実は、電源の仕様は電源設計者が勝手に決められるものではありません。使用する入力電源や給電する負荷が要求する電圧精度や電流などはもちろん、効率や動作温度範囲などいくつもの確認事項がありますが、システム全体の仕様や給電する基板の仕様によってそれらは決定されます。

ところが、現実的にはそれらの仕様は、設計開始時点で明確になっているとは限りません。給電される回路の設計者が怠慢であるというわけではなく、給電される側もある程度設計を進めてみなければわからないことが多いためです。

かといって、すべてが明確に決まるまで待っていると、設計に与えられた期間は間違いなく終盤に入っており、電源設計にかけられる時間はごくわずかということになってしまいます。したがって、あるタイミングでおおよその情報を元に、変更がある前提で許容幅と柔軟性をもって設計に入ることになります。

設計に入るにあたり、本来決定すべきことと、とりあえず設計を開始するために最低限決めておきたい仕様を書き出しました。

決定すべき電源仕様

  • 入出力:入力電圧範囲、出力電圧値と精度
  • 負荷:電流、過渡有無(スリープ/ウェイクアップ含む)
  • 効率、待機電力
  • 温度:最大/最小値、冷却の有無
  • サイズ:実装面積、高さ(フォームファクタ)
  • 必要な保護:低電圧、過電圧、過熱など
  • 特異な環境/使用条件:車載、宇宙、通信、RFなど
  • 取得が必要な認証や規格
  • コスト

設計開始のために最低限決めておきたい仕様

「最低限決めておきたい電源仕様」の項目について具体的に説明します。

・入力電圧範囲

入力は、AC-DCコンバータですので、当然のことながらAC電源になります。幸いにして、住居やオフィス向けのAC電源は公称電圧が提示されています。日本では公称100VACですが、世界を見ると少なくとも100VAC~240VACの範囲を考えなければなりません。また、これは公称値ですので、許容差含めると、下限は-15%の85VAC、上限は+10%の264Vの範囲を想定することが多いようです。国によっては電源事情がかなり悪い場合がありますので、許容差の設定には経験や実情の把握が必要になります。このように、設計する電源を搭載する機器の出荷先によって入力電圧範囲は決まるともいえます。

世界の住居向け主要電源電圧(公称値)
日本:100VAC
米国:120VAC
カナダ:120VAC/240VAC
イギリス:230VAC/240VAC
ロシア:127VAC/220VAC
中国:110VAC/220VAC

・出力電圧/精度/電流

AC-DCコンバータの出力電圧は、システムや回路基板が必要とするDC電圧値に設定します。産業機器の例では24VDCや12VDCなどの共通標準電圧の場合が一般的ですが、昨今では5VDCや3.3VDCなど直接的な駆動電圧に設定されることも少なくありません。いずれにしても、出力電圧には±5%といった精度が要求されます。これは給電されるデバイスの要求によって決まります。設計においては、要求精度を満たすための部品や方式を検討しなければなりません。

出力の仕様でさらに重要なのは出力電流です。これは給電する回路が必要とする電流が十分に供給でき、出力電圧の安定化を維持できる値にする必要があります。大きく余裕を持つことで許容範囲は広がりますが、部品のコストやサイズがかさみますので、最大負荷電流の情報は非常に重要です。また、負荷過渡が発生する場合は、応答特性についての検討も必要です。十分でない場合はシステムリセットの発生など、システムに致命的な障害をもたらす恐れがあります。

電流値での検討に加え、AC-DCコンバータの出力を大元として個別のスイッチング・レギュレータで電源を構成する場合は、電力ベースで考えることができます。スイッチングレギュレータは電力変換を行うので、AC-DCコンバータで12VDCを作り、これを入力とする次段のスイッチングレギュレータが効率80%で5V/0.8Aだとすれば、入力電力は5Wになります。単純にこれをカバーするには、AC-DCコンバータの12V出力は5Wであればいいので、出力電流としては0.42Aあればよいことになります。電力変換行う電源の出力能力は電力で示すことが多々あります。

・出力リップル電圧

リップルとは脈流のことです。変換されたDC電圧は、入力AC電源の周波数やスイッチング変換の周波数に関連した脈流を含みます。もちろん変換の過程で平滑化/フィルタが行われますが、ゼロにはなりません。例えば出力5VDCを中心に400mVp-pのリップルがあるとすると、最大値は5.2V、最小値は4.8Vになります。これは、5V±4%で、一般的な精度要求±5%を何とか満足しますが、3.3V出力で400mVp-pのリップルがあるとすると3.3V±6%になってしまいます。

スイッチング動作に起因する出力リップル電圧のイメージ

スイッチング動作に起因する出力リップル電圧のイメージ

AC-DCコンバータは12VDCのようなバス電圧と呼ばれる電圧を作り、これを入力電圧として各回路が必要とする電圧を個別の電圧レギュレータなどで用意するような構成では、AC-DCコンバータのリップル要件は緩和されるかもしれません。しかしながら、上述の例のように低電圧デバイスに直接給電する場合は、リップル電圧が問題になる可能性があります。いずれにしても、リップル電圧は小さい方が良いのですが、フィルタのためのスペースやコストを考えて許容値を設定することになります。

・絶縁耐圧

システムの仕様によっては、AC-DCコンバータに絶縁が必要になることがあります。産業機器や医療機器などは基本的に絶縁が必要で、絶縁レベルの指定がある場合があります。AC-DCコンバータの絶縁とは、一次側(AC入力)と2次側(DC出力)が電気的に導通していないことで、基本的にはトランスフォーマがこの機能を担います。絶縁には3kVACのような電圧値の他に、絶縁構造、絶縁階級など規格に基づく検討事項があります。トランスの設計には規格や部材の知識も必要になります。各詳細は、規格書などを参照してください。

・動作温度範囲

設計する電源を搭載するシステムや機器の動作温度範囲の仕様があると思います。AC-DCコンバータとしては、それをカバーできる制御ICや部品で構成されている必要があります。また、機器の仕様は周囲温度で示されることがほとんどですが、AC-DCコンバータが実装されるのが筐体内であれば、筐体内温度を基準に決める必要があります。AC-DCコンバータは少なからず発熱します。使用部品の定格を超えてしまうと致命的な障害が発生する可能性がありますので、温度に関しては十分な検証が必要です。

・効率

効率は、入力電力に対する出力電力の割合で%で表します。効率が80%であれば20%は損失であり、基本的に熱になります。今日では効率の向上は必須の要件ですが、熱とのかかわりをよく理解しておく必要があります。

効率を向上させるには、使用する変換方式、制御IC、外付け部品の検討が必要です。

・無負荷時入力電力

出力電流が流れていない時の入力電力、すなわち無負荷時の自己消費電力です。省電力化はすでに責務となっており、まったくの無駄となる自己損失は極めて低く抑えることが要求されています。EnergyStarはその一例です。自己消費を下げるには、回路構成や制御ICが重要な役割を果たします。

以上、最低限と表現しましたが、諸事情によってこれらの情報すらままならいこともあると思います。このあたりは、電源としておおよそどの程度の性能と特性を備えていれば広い条件に対応できるかという経験則も必要になってきます。修正変更が可能なところと、まったくのやり直しなってしまうところを明確にして設計をスタートすることが重要です。

【資料ダウンロード】PWM方式フライバックコンバータ設計手法

実際の電源用ICを用いた設計手法の説明です。電源仕様の決定から電源ICの選択、レイアウト設計に関する内容の他、一般にあまり説明のないトランスの数値算出方法と構造設計の具体例を含んでいます。

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