奨学生レポート RMFレポート インタビュー

音楽研究の愉しみ(畑野小百合さん)

畑野 小百合さん/Ms.Sayuri Hatano
(専攻楽器音楽学/musicology)

[ 2016.02.5 ]

学校名:ベルリン芸術大学大学院

ローム ミュージック ファンデーション奨学生の畑野小百合です。
ドイツのベルリン芸術大学の博士課程に在籍し、音楽学の博士論文を執筆しています。

ベルリン・フィルハーモニー内、博士論文のテーマであるヘルマン・ヴォルフの名を冠するホールの前で

【ベルリン・フィルハーモニー内、博士論文のテーマであるヘルマン・ヴォルフの名を冠するホールの前で】

博士課程での研究の概要をご紹介した前々回、海外での研究発表の体験をご報告した前回のレポートに続き、今回は、音楽学を学ぶ立場で留学することの利点とそれに伴う難しさについて、さらに、博士課程での研究を通して今感じている研究の面白さについて、私個人の経験に基づいて書いてみたいと思います。

 

研究テーマによって資料状況は千差万別であるにせよ、西洋音楽研究に携わる音楽学学徒にとっての長期留学の利点のひとつは、多くのオリジナル資料にアクセスできる可能性が開かれることです(ここでの「オリジナル資料」とは、重要性の高い情報をもった、貴重な現物資料を意味しています)。

音楽研究においてオリジナル資料に当たることのできる場所は、コレクションを有する図書館や公文書館、特定のテーマに関する資料館、劇場や大学、あるいは演奏団体の歴史編纂部門など、実にさまざまです。
豊富なオリジナル資料を使って、情報を集め、検証し、そこからストーリーを紡ぎ出していく作業は、単に過去の事象を学ぶということを越えて、歴史の生成に関わっている実感を得られるもので、とても意義深いことです。

所蔵機関でカタログ化され一般の利用に供されている資料のほか、研究者によってまだ整理されたことのない未調査の資料と出会うこともあります。
歴史研究においてこのような資料を扱うことの醍醐味は、内容を吟味し、資料相互の関連を検討し、資料の価値を判断する最初の段階が自らの手に委ねられることにあります。
近年、著名な作曲家の自筆譜がファクシミリとして出版されたり、デジタル化された貴重資料がウェブ公開されたりすることは珍しくなく、世界のどこにいても資料調査が可能になるような幻想を抱いてしまうことがあります。
しかし、このようにして目に触れる資料の多くは、多くの資料の中から何らかの基準で選び出され、内容が同定され(「これはモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番の自筆譜である」など)、一定の評価が下されたものです。
独自の問題意識に動機づけられた調査によって資料を見つけ出し、時代背景や資料の内的・外的条件を考慮しつつそれらを意味づけていく作業には大きな責任が伴いますが、与えられた資料を眺めることとは別の、未知の領域に踏み込んでいくような面白さがあります。
この興奮を身をもって知ることができたのは、このように長く留学させていただいたからこその収穫であったと、多大なるご支援に心から感謝しています。
一方で、オリジナル資料を扱う研究には、独自の難しさがあることも事実です。
私の場合は、整理することになった資料約300点のうち、約8割が19世紀末から20世紀初頭の手書きの文書であったことが、大きな関門でした。
ドイツ語の書体は戦後大きく変化し、「ズュッターリン筆記体」と呼ばれるドイツ語の旧字体は、今やドイツ人であっても、若い世代にとっては特殊な訓練を積まない限り判読することの難しい文字になりました。
手引きとして利用可能な、この字体で書かれたアルファベット一覧のようなものは一応存在するものの、手書きの文字である限りにおいて個人差や時代による差異は大きいので、とにかく多くの文書に触れて経験を積み、ドイツ語と研究対象についての知識を総動員して解読していくしか道はありません。
せっかく辿りついた資料を前にして、文字すら十分に読めないことに最初は大いに落ち込みましたが、いつも快く質問に応じてくれる大学の史料編纂室の職員たちに助けられ、いつしか手稿文書の書き起こし作業に慣れ、ようやく資料のほとんどを解読する段階に漕ぎつけました。

 

資料調査に訪れたモスクワの凱旋広場の様子

【資料調査に訪れたモスクワの凱旋広場の様子】

 

留学したことのもうひとつの大きな利点は、これまでとは違う角度で世界地図を思い描くことができるようになったことです。
かつての私にとっては、日本からドイツの方向に目を向けるというのがお決まりの視座でしたが、ドイツを拠点に、西欧諸国へ、アメリカ各地へ、ロシアへと資料を追いかけているうちに、それまで特に縁のなかった国々に対する関心が自然と深まっていきました。
そして、実際に訪問し、それらの国の人々と知り合い、歴史を語るようになったことで、研究対象とする時代のドイツの姿がずっと立体的に見えてきました。
こうして研究上の視野が拡大していくプロセスは、国際色豊かな人々に囲まれたベルリンでの日常によっても支えられていました。
祖国である日本についての新たな考察も促してくれたこれらの人々との出会いは、留学したからこそ得られた貴重なものであったと思っています。

 

ヴォルフ家が所有していたピアノ(個人蔵、スペイン)と

【ヴォルフ家が所有していたピアノ(個人蔵、スペイン)と】

 

このような留学生活を経て、研究をまとめる段階に来て今思うことは、膨大なオリジナル資料が利用可能である環境は実に喜ばしいことであるものの、一度掘り出し始めると際限がない情報を整理し、他人にとっても有用な形で提供するのは本当に大変だということです。
その一方で、自分にとって研究の何が魅力であるのかもより良くわかるようになってきました。
かつてピアノ専攻の学生として音楽学というものの存在を知った頃、静かな図書館でひとり淡々と本のページをめくっている研究者は、精神的にさぞ穏やかな日常を送っていることだろうと思っていました。
しかし、自分の博士課程での研究を思い返してみると、なんと多くの生き生きとした感情にあふれていたことかと思います。
研究を通してたくさんの人と作品に出会い、音楽をめぐる創造性や知見に常に刺激を受けてきました。
そして、そういった経験は、留学によってよりバラエティに富んだものになったと思っています。
世界各地の図書館で、一見淡々と本のページをめくっているかに見える研究者たちも、実は、感心したり、憤ったり、ひらめいたり、呆然としたり、まったくのどかではない心情を抱えているのです。
「研究」というのはコミュニケーションのひとつの形態であって、それを通してさまざまな人とつながり、学び合えることが、私にとっての研究活動の大きな魅力です。

目下の課題は、驚きと興奮に満ちた調査経験を最大限に盛り込んだ博士論文を仕上げ、この研究を通してさらに人とのつながりを広げていくことです。
研究対象と、資料と、研究を通して出会うことのできる人たちに対して誠実であることができるように、じっくりと全力で取り組みたいと思っています。

 

 


「研究というのはコミュニケーションのひとつの形態」、なるほどと思いました。ぜひ論文を通じて人とのつながりを広げていってください。