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さまざまな研究発表のかたち(畑野小百合さん)

畑野 小百合さん/Ms.Sayuri Hatano
(専攻楽器音楽学/musicology)

[ 2015.10.5 ]

学校名:ベルリン芸術大学大学院

ローム ミュージック ファンデーション奨学生の畑野小百合です。
ドイツのベルリン芸術大学の博士課程に在籍し、音楽学の博士論文を執筆しています。

ハレ大学でのポスター発表

博士論文の研究テーマであるヘルマン・ヴォルフ音楽事務所は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の創立から約半世紀の活動を本質的に支えたほか、多数の演奏会の開催や、音楽家の派遣と招聘を通して、19世紀末から20世紀初頭のベルリンの音楽文化の興隆に大きな貢献をした音楽マネージメント会社です。

研究の概要をご紹介した前回の記事に続き、今回は2015年に行った2つの研究発表についてご報告します。

 

2015年4月には、カナダのカルガリー大学で開催された若手音楽学者のための研究発表に参加しました。

 

会場となったカナダのカルガリー大学

【会場となったカナダのカルガリー大学】

 
この日は、ベルリンにかつて存在したベヒシュタイン・ホールについての発表を行いました。
「ベヒシュタイン」と言えば、真っ先に有名なピアノ・メーカーが思い起こされますが、実はこのホールの設計を依頼し所有者となったのは、ピアノ製造業者ではなく、私が研究対象とする音楽事務所創立者のヘルマン・ヴォルフでした。

3夜連続で行われた1892年の杮落とし公演に、ハンス・フォン・ビューロー、ヨハネス・ブラームス、ヨーゼフ・ヨアヒム率いる弦楽四重奏団、アントン・ルービンシュタインが出演したという事実だけでも、この音楽ホールの華々しい幕開けに興奮を覚えずにはいられません。
また、カイザー・ヴィルヘルム記念教会やアンハルト駅といった、ベルリンの顔となる建築を手がけた建築家のフランツ・シュヴェヒテンが設計を担当したことも、このホールの重要性を物語っていると思います。
ベルリンの中心に位置し、他の文化施設との行き来にも便利な最高のロケーションを誇ったこの音楽ホールは、リサイタルや室内楽の演奏会に適した500席弱のキャパシティーと優れた音響をもつ会場として重宝され、半世紀近くの輝かしい歴史を築きました。
しかしこのホールは、その後ナチスによって奪われ、さらに1944年の空襲で跡形もなく失われてしまいます。
かつての名声に似合わず、現存する図像資料の大変少ないこのコンサートホールの存在は、以後急速に忘れ去られ、実際にどのようなホールであったのかはこれまで明らかにされてきませんでした。
ヘルマン・ヴォルフの研究を通してこのホールに関心を抱いてきた私は、調査の過程でシュヴェヒテンによる設計図を見つけることができました。
そこで、今回の発表では、まずこの図面に基づいてホールの構造上の特徴を明らかにし、次にこのホールの高い稼働率を当時のベルリンの他の音楽ホールとの比較で示し、最後にピアノ・メーカーの名を冠した音楽ホールが音楽事務所の経営者によって運営されているという体制に、当時のベルリンの音楽界の特性を指摘しました。
この日は私にとって初めての英語での研究発表でしたが、使用言語が日本語でもドイツ語でもないということ以上に、世界地図を違う角度から見ている人々、異なる歴史観をもつ人々との意見交換によって自分自身の見解の偏りに気づかされることが多く、大変有意義な経験になりました。

 

 

2015年10月には、ドイツの「音楽研究学会」の年度大会で研究発表を行いました。
ハレ大学を会場とした今年の大会では、ドイツで演奏権を保護するシステムが整備されてくる過程において、演奏会を開催する立場であるヘルマン・ヴォルフが表明した見解と彼の立場の推移について、1890年代の会議の議事録と関連文書の調査をもとに発表しました。
この大会での発表は昨年に引き続き2回目でしたが、私に与えられた新たな課題は、ポスター発表という発表形式でした。
ポスター発表とは、大きなサイズのポスターに研究内容をまとめ、発表者は指定された時間にその前で待機し、来場者とディスカッションをするというものです。
理系の学会ではよく採用される発表形式ですが、文系の分野ではあまりメジャーではなく、この音楽学会の大会でも初めての試みとのことでした。

 

ハレ大学でのポスター発表

【ハレ大学でのポスター発表】

 
結果を数値化できる内容ならばともかく、引用を示しながら見解の差異を検証していくタイプの研究をポスターで示すのはとても難しく、準備段階では、前提となる事柄や用語の定義を盛り込みながら全体をA0サイズの用紙1枚に収めることに大いに頭を悩ませました。
また当日会場に行ってみると、狭い部屋に人が押し寄せ勝手気ままに話している状況は音響的にも雑然としていて、口頭発表で通常行われる整然とした質疑応答とはまったく勝手が違うということにも当惑しました。
しかし、ポスター・セッションとして定められた1時間が開始すると、自分がこの場で第一にすべきことは、発表内容のもっともアピールすべき点に興味をもってもらい、自分と相手の関心に応じて情報交換をすることであって、全体を網羅的に説明することでも、重箱の隅をつつくような議論に耐えることでもないということがわかり、少し肩の力が抜けたように思いました。
準備から当日まで不安の多い研究発表でしたが、研究対象の実態とその背後にある文脈を誠実に描き出すと同時に、受け手となってくださる方々にとって受け取りやすい発信のあり方を、これまでとは違った角度から突き詰めて考える良い機会になりました。

 

2016年4月には、東京と京都でフェルッチョ・ブゾーニ生誕150周年記念のレクチャーコンサートを開催し、音楽学の視点からお話をさせていただく予定です。
オール・ブゾーニ・プログラムによるこの演奏会では、マルチな音楽家ブゾーニの多様な魅力に迫るとともに、ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所研究を通して初めて見えてくるブゾーニの知られざる一面もご紹介する予定です。
研究の成果を学会での発表とはまた違った形で発信し、音楽とともに広くお楽しみいただけるよう、演奏家の方々と相談しながら準備を進めています。
ブゾーニが人生のもっとも充実した四半世紀を過ごしたベルリンから、ブゾーニの面白さを目一杯お届けしたいと思います。

 

ベルリン市内にあるブゾーニの名誉墓碑【ベルリン市内にあるブゾーニの名誉墓碑】

 


研究成果が見えてくることは私どもにとっても嬉しいことです。 ぜひその成果をより多くの方に還元していってください。